屋上に「ガスボンベ」、シリア 米ロ対立、真相置き去り

シリアの首都ダマスカス近郊ドゥーマで、アパート4階屋上に残されていた化学兵器の砲弾とみられる黄色いガスボンベのような物体。住民らはここから毒ガスが流出したと証言した=16日(共同)

 米英仏3カ国のシリア攻撃を招いた首都ダマスカス近郊ドゥーマでの化学兵器使用疑惑。共同通信は現場とされる4階建てアパートを現地取材した。屋上には黄色いガスボンベが残され、住民らはここから毒ガスが流出したと証言。制空権を握るロシア軍とアサド政権軍が投下した新型「たる爆弾」なのか、反体制派の自作自演なのか。幼い子供ら約50人が死亡した陰惨な事件を検証した。

 ロシアなどアサド政権の“同盟国”以外のメディアへの現場公開は初めてで、16日の取材には情報省担当者らが同行した。住民の証言には政権のプロパガンダが含まれる恐れもあるが、証言は詳細で現場の状況とも一致した。信頼できる調査が急務だが、米ロの対立で真相解明は置き去りのままだ。

 現場アパートはドゥーマ中心部のシュハダ(殉教者)広場に近い路地に面する。住民の証言を総合すると、事件のあった7日、女性や子供ら数十人が地下室に隠れていた。政権軍などの激しい空爆を避けるためだった。

 1階住民の男性(35)によると、午後7時ごろ「砲弾がアパートに着弾し、黄色い煙が地下室に流れ込んだ。洗剤や漂白剤を混ぜたような強い臭いがして、みんな激しくせき込んだ」という。近くの医療施設にいたヤシンさん(37)は「被害者は赤い顔をして目を大きく見開き、口から泡を吹いていた」と語った。

 3階で家族9人を亡くしたナスル・ハナンさん(20)らによると、地下室から外に出た住民はアパート内の別の部屋に逃げ込んだ。数時間以内に1階の一室で25人、3階のハナンさん宅で9人が死亡した。路上で絶命した人もおり、死者数は計約50人に達した。

 ハナンさんは屋上に転がるガスボンベを指さし「ここに着弾した。これだ」と語った。長さ1メートル超、直径は数十センチほど。爆発はしていない。

 化学兵器禁止機関(OPCW)元査察局長の秋山一郎氏は電話取材に対し、ボンベがロシア軍か政権軍の新たな「たる爆弾」の可能性が高いと指摘する。「制空権を握っていなければヘリを飛ばせず、投下もできない」と話した。

 化学兵器に詳しい井上尚英・九州大名誉教授は、刺激臭や呼吸器の症状、死亡までの時間などを根拠に塩素ガスが使われたとみる。米国などが指摘する猛毒サリン説には否定的だ。「塩素ガスは比重が重い。屋上に着弾し、地下まで降りてくることも十分あり得る。サリンは軽く、上昇する」と述べた。

 ただ、専門家の一人はボンベの写真を見て「約50人を殺害するガスが入っていたにしては小さ過ぎる」と指摘する。「何者かがアパート前で車に積んだボンベからガスを流出させたのではないか。このボンベなら数本あったはず」と推定した。反体制派による「自作自演」を支える見方だ。

 ドゥーマで取材に応じたアサド政権軍のハイサム・ハラジュ少将は「塩素ガスを使用したのは反体制派の『イスラム軍』と、それを支援する米英仏、イスラエルだ」と断言したが、根拠は示さなかった。米英仏はアサド政権軍が使用したと断定したが、こちらも確実な証拠を示していない。

 事件後、OPCWの調査団がダマスカスに到着したが、本格調査できない状況が続く。OPCW関係者は「強い直接証拠は出てきそうにない。真実は明らかにならないだろう」と予測した。(ドゥーマ共同)


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