2018年3月5日 05:00 | 有料記事
1992年。千葉県勢17年ぶりに夏の甲子園決勝へ進んだのは、小枝守率いる拓大紅陵だった。サイドスローの冨樫富夫、下手投げの紺野慶治、右腕の杉本忠、プロ野球広島へ進む左腕多田昌弘。多種多彩な投手陣を柱に勝ち上がり、甲子園では4人が勝利投手になる史上初の快挙となった。エース完投が主流だった高校野球界に、新風を吹き込んだ。(敬称略)
70回大会(88年)の方が高橋(憲幸・現日本ハムコーチ)、和田(孝志・元千葉ロッテ)の二本柱で安定し、チームに柔軟性もあった ・・・
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