銀幕への誘い


落ちた英雄の葛藤 バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) 虚実境界なくす名手カメラ

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映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」のマイケル・キートン(左)とエドワード・ノートン(C)2014 Twentieth Century Fox

 アメコミのヒーローはアメリカ人にとって特別な存在なのだろう。本作の主人公マイケル・キートンといえば「バットマン」。タイトルから連想せずにはいられない。落ちぶれた境遇からの復活を懸けた舞台で、リハーサルから本番までのわずかな日数が映画になるのだから、その人気の高さがうかがえる。思い通りにならない人生に焦り、葛藤する心を全編ワンカットと見まがう流麗なカメラワークで映し出し、夢想と現実のはざまで起きた奇跡を銀幕に刻む。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督。

 ヒーロー映画「バードマン」を演じて一世を風靡(ふうび)した初老男(キートン)は、ブロードウエーで主演舞台をプロデュースする。だが、練習中に共演者が事故に遭い降板。代役に人気個性派俳優(エドワード・ノートン)を起用。打ち合わせもままならないまま初日を迎える。

 名手エマニュエル・ルベツキの画期的な仕事に目を見張る。開巻から5分ほどで感じる妙な心地よさ。カットつなぎが見当たらないのだ。行き場を求める魂のように浮遊するカメラは主人公から人気俳優、スタッフへと視点を変え、バックステージまでのぞく。その多角的なアングルが圧倒的な臨場感をもたらす。

 名手は「ゼロ・グラビティ」(13年)では神秘的な宇宙の再現もさることながら、無重力空間をさまよう宇宙飛行士の生命力、絶望感をそのままに映した。本作でも離婚に薬物中毒の娘(エマ・ストーン)、その日暮らしで虚無感にさいなまれていた主人公の内面に焦点を合わる。いらだてば超能力者のように念力で鏡を割り、爽快感を欲すれば空を飛んでいく。虚実ない交ぜの世界観は時間感覚すら奪う。そして彼の深層心理を代弁する「バードマン」のささやき。薄い頭髪にたるんだ腹、白いブリーフ姿が熟年男の悲哀を一層濃くする。

 負の連鎖を断ち切れない主人公。脇を固める演技巧者がさらに追い込む。対面早々、台本にケチを付けた個性派は舞台上で大酒をあおり、恋人で共演する金髪熟女(ナオミ・ワッツ)にベッドシーンで欲情。プレビュー公演を台無しにする。ドラッグを楽屋に持ち込んだ娘を正せば、体たらくな生活を“口撃”され、散々な目に遭う。個性が激しく衝突する舞台の内幕。誰もが舞台の成功を願っているのだが、それは個々の人生の成功のため。理想と現実のギャップをユーモアに変え、単純な脚本に深みを与える。

 映画は1スジ(脚本)、2ヌケ(映像)、3ドウサ(役者)といわれる。三つがそろっており、本作が第87回アカデミー賞で4部門を受賞したのは当然かもしれない。だが、日本でリメークしたらどうなるだろうか…。価値観の違いも楽しめる秀作だ。(廣)

 【メモ】14年アメリカ。上映120分。都内のTOHOシネマズシャンテ他全国ロードショー。