銀幕への誘い


最期まで人生豊かに 喜劇俳優にじむペーソス 陽だまりハウスでマラソンを

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映画「陽だまりハウスでマラソンを」の一場面(C)2013 Neue Sch O nhauser Filmproduktion, Universum Film, ARRI Film & TV 提供:ニューセレクト、ハピネット 配給:アルバトロス・フィルム

 本紙『読者文芸』への寄稿はがきを仕分けしていると、老人ホームとみられる住所が目に付く。その味わいある筆致に「ついのすみか」で趣味を堪能する姿が目に浮かぶ。娯楽が多様化し健康志向が高まった現代、マラソンだったらどうなることやら。本作はドイツを舞台に、元ランナーの老男性がフルマラソン大会で優勝を目指す風変わりなスポ根物語だ。

 キリアン・リートホーフ監督は2001年、うつ状態の高齢男性が妻から咤(しった)されマラソンに挑戦した新聞記事に想を得て脚本を執筆。「人生の最終章をどう生きるか」をテーマに高齢者問題や介護事情を練り込み、11年かけて完成させた。

 半世紀前の五輪で優勝した面影もなく老いた主人公(ディーター・ハラーフォルデン)は、病気がちの妻(ターチャ・サイブト)と隠居生活を送る。一人娘は仕事が忙しく、老人ホームへ入居するが、リクリエーションが肌に合わず、人間関係もぎくしゃくする。くたびれた運動靴にジャージーを引っ張り出し、ランニングを始める。

 筒井康隆の『現代語裏辞典』で好々爺(や)を引くと「若い頃の悪行に罪償意識を持っている爺さん」とある。主人公は足腰が丈夫で、自活もできる。それでも妻を案じ入居を決断、献身的に介護する。妻の支えがあってこそ金メダルを獲得できたのだ。往時の魅力を取り戻すべく雨の日もトレーニングに励み、妻にも笑顔が戻る。偉業を知った入居者たちも主人公の応援団となり、退屈な日常のはけ口になる。

 ホームの時間はゆっくりと流れ、表面上は穏やかである。診察する医師は入居者の健康を気遣い、スタッフはきめ細やかなサービスを心掛ける。だが、規律違反に厳しくリスクある行動を許さない。予算や人手の都合を鑑みてもまるで監獄だ。人生のたそがれ時、誰もが無為に過ごしたいのだろうか?映画は最期まで夢を追う主人公たちを通じて現代の高齢者福祉の在り方を問う。

 知識や良識、癖もある入居者を引き付けるポジティブな主人公。そのオーラは独の国民的喜劇俳優ハラーフォルデンの自然体の演技があって成立する。人を笑わせる才は内面を描出するのに好適だ。たるんだ体で走り、失笑されてもお構いなし。妻から周囲の人々へとじんわり広がる情熱がスクリーンから伝わってくる。屈託のない笑顔に真剣なまなざし。78歳にして優れた性格俳優になった彼に、人間の無限の可能性を感じる。

 クライマックスのベルリンマラソンは実際のレースで撮影。若いランナーに交じり奮闘する。ヘトヘトな体に漂うペーソスと、日常生活でのユーモアのあんばいが絶妙で、老人映画特有の空気を払拭(ふっしょく)する。高齢化社会への目線鋭く、人生を豊かに楽しむ方法を温かく説いた人間賛歌である。

 【メモ】13年ドイツ。上映105分。本日より都内のヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他、4月18日より県内の千葉劇場にて全国順次ロードショー。