桜よ、せめて今春だけは… 「櫻」 竹内敏信著(出版芸術社・9240円)

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 満開の桜を撮影できるのは1年のうちたった1日だけだ。まして地球温暖化などによって、開花時期が毎年微妙に異なる昨今、最良の一瞬をとらえるにはそうとうな時間的忍従を強いられる。ゆえに日本の代名詞である富士山と並び、被写体として選択するには覚悟がいる。
 風景写真家の竹内敏信は、その覚悟を決めた一人である。出版した1992年時点で、桜行脚は「ここ7、8年続けている」(あとがきより)。本書には北海道から九州まで日本全国の隅々を文字通り駆け回った成果が満載されている。
 竹内は35ミリ判カメラの機動力と豊富なレンズ群を自由自在に操って、鋭敏な目で桜景色を大胆かつ清潔に切り取っていく。広角、望遠、接写で構図されたしだれ桜、染井吉野、山桜、八重桜などはバリエーションに富む。PL(偏光)フィルターによって光の表面反射が抑えられ、ヌケのよい画面の連続。審美眼と技巧のたまものの桜絵巻だ。
 表紙にした清雲寺(埼玉県)のしだれ桜は春風に躍り、強烈な生命力を放つ。生が生きて動いたまま封じ込められている。竹内は当時、写真家として脂が乗りに乗っていた40代で、情熱あふれる内的風景の発散だろう。この名木の下にいるだけで、精気をもらえるようだ。
 いわゆる名所から少し離れた穴場の名もなき桜がよい。菊地渓谷(熊本県)の杉林の中で、満開の花が逆光を背にして光り輝く。その神々しいまでの美しさに見ほれてしまう。隠れた撮影スポットの数々は、竹内の入念な新規開拓である。
 東日本大震災は直接の被災地の方々はもとより私たちの暮らしに甚大な被害をもたらした。しかし、それでも日本の花は今春も見事に咲くだろう。
 山桜霞のころもあつく着てこの春だにも風つつまなん西行
 桜よ、せめて今春なりと風に気をつけてくれ。そして、被災地の方々はじめ全国民に前を向く勇気を与えてほしい。(文化部 安原直樹)



写真集の狩人