角田修一のひとり総合芸術 「THE Parodist」 角田修一著(青幻舎・2500円+税)

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 映画で名画のパロディーはよくあるが、本書はその写真版だ。ただし、現在的な意味のコメディーの軽い調子はない。遊び心を背景としながらも、一流写真家や歌手への深い敬意にあふれている。すべての芸術は先人たちの作品の模倣から始まるのだ。

 角田はかなりの研究家である。その熱心さが巻末の「作品解説と撮影メイキング」から分かる。自身がモデルになるゆえ、まずは入念な化粧。実際のモデルと同様のファンデーションの下地から積み重ね、服やアクセサリーの小物なども微に入り細をうがつ。そしてポーズの練習。むろん作品を決定するライティングは計算し尽くされ完ぺきだ。仕上げとなるパソコン上のレタッチは、肌の質感にこだわる。妥協なき自己表現の最終形が、収められた23作品だ。これを映画評風に書けば、製作・監督・主演・撮影・照明・衣装・メイク・特殊効果=角田修一となり、映画が多人数の総合芸術と呼ばれるのに対し、角田の写真はまさしく“ひとり総合芸術”である。

 巻頭は、アーヴィング・ペンが1950年代に撮影した妻リサに扮(ふん)したカット。画調、退色感などを見事に再現、時代考証が行き届いている。カット内の描写密度が濃い。次ぎのヘルムート・ニュートン調カットは、メリハリの効いた女性の曲線美に見ほれる。男女問わず強烈な性的肢体、悩ましい官能表現が続く。モデルが角田本人と説明されなければ、とうてい気づくまい。なりきり感は終盤の歌手4連作(マイケル・ジャクソン、マドンナ、ビヨンセ、レディー・ガガ)により表れる。

 映画批評家アンドレ・バザン(1918~58年)はこう書く。「批評家の仕事は、銀のお盆にありもしない真実をのせてさしだすことではない。その批評を読む人々の知性と感性のなかに、芸術作品のもつショックをできるかぎり遠くまでおし広げることにある」。本書のショックは、概してコメディーと軽んじられるパロディーの領域を超え、独自のファッション写真に昇華させた点にある。 (文化部 安原直樹)



写真集の狩人