八犬士とは何者か 南総里見八犬伝(15)

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八犬士の名と、それぞれが持っている玉の文字。八つの文字は八徳を示す。

 八犬士ですが、里見八犬士といわれるぐらいですから、安房里見氏と関係が深い子弟と考えられがちですが、しかし必ずしも、そうとも言えません。

 犬塚信乃戌孝(しのもりたか・孝の玉)は豊島氏の出。犬山道節忠與(どうせつただとも・忠の玉)は豊島氏の親戚・練馬氏の出。犬飼現八信道(げんぱちのぶみち、信の玉)は農民の子ですが、古河公方・成氏の臣の犬飼に育てられます。

 犬村大角礼儀(だいかくまさのり・礼の玉)は下野(しもつけ)国赤岩村の郷士で上野(こうずけ)国犬村の郷士の養子となった人物。上野は里見氏の本拠地。下野ははっきりしませんが結城氏周辺でしょうか。

 犬坂毛野胤智(けのたねとも・智の玉)は千葉介の家来・粟飯原(あいばら)氏の出。粟飯原氏とは小見川一帯を支配した千葉氏。父は馬加(まくわり、千葉氏)一族と組んだ扇谷上杉定正の家臣に策謀で殺されます。また毛野は成長し上毛(こうづけ)胤智と名乗ることから里見氏との関係も考えられます。

 犬川荘助義任(そうすけよしとう・義の玉)は伊豆の堀越公方の荘官の子。父が同僚に謀られて殺され、奴婢の身分で育ちます。安房里見氏の家来の蜑崎(あまざき)の親戚。

 犬田小文吾悌順(こぶんごやすより・悌の玉を持つ)は安房里見氏の家来・那古七郎の甥。八犬士の筆頭・犬江親兵衛仁(しんべえまさし・仁の玉)は、小文吾の妹の子で、神余氏の悪家老・山下を殺そうとして、あやまって神余を殺してしまう農民・杣木朴平(そまぎぼくへい)の孫。

 安房里見氏と関係ある八犬士となると犬川荘助、犬田小文吾、犬江親兵衛、それに里見の本拠地と関係する犬村大角、犬坂毛野の五人というところでしょうか。

 それぞれに共通しているのは、結城合戦や享徳(きょうとく)の乱で、山内・扇谷上杉氏、長尾氏などの室町幕府側と戦った氏族の子弟たちや、長尾景春(かげはる)の乱で扇谷上杉の臣・太田道灌(どうかん)に滅ぼされた江戸周辺の武士の子弟たち、もしくは、千葉介の臣や幕府側の堀越公方の臣といった上杉側でありながらも、策謀によって悲運に追い込まれた子弟たちだということです。

 この物語は滅ぼされた氏族の子弟たちが安房に集い、関東にもう一度、昔のユートピアを取り戻す話なのです。八犬士が最終決戦で戦う相手が、山内・扇谷上杉氏、長尾氏、千葉介自胤、和睦した古河公方、上杉側に加わった武田氏などの、室町幕府側連合軍である理由がここにあります。また最終決戦で三浦氏を破るのは三浦が鎌倉公方・持氏の遺臣でありながら裏切り幕府側に味方したことに由来しています。