妖刀村雨と芳流閣の戦い 南総里見八犬伝(11)

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 八犬士の最初に登場するのは犬塚信乃戌孝(しのもりたか・孝の玉を持つ)です。女子の衣装で育てられ与四郎という犬に乗って登場。伏姫と八房のミニチュア版です。奴婢として育った・額蔵〔犬川荘助義任(そうすけよしとう・義の玉を持つ)〕と親しく育ちます。

 信乃の父大塚番作は鎌倉公方・持氏の遺臣の設定で、結城合戦に破れ、持氏の遺子春王・安王の形見の守り刀「村雨」(物語上の架空の刀)をもって大塚へ戻り、犬塚と変名。大塚は豊島氏の地で豊島氏の血を引くことを匂わしています。

 さらに信乃の母も歴史に知られる井氏(いのし)の出と設定され信乃の由緒正しさを示します。

 父の死後「村雨」を託された信乃は春王・安王の弟・成氏(しげうじ)に刀を献上するため古河城(『八犬伝』では芳流閣)に出かけます。『八犬伝』で古河は「許我(こが)」と表記。父の跡を継いだ鎌倉公方・成氏は乱を起こして、室町幕府や関東管領上杉に刃向かい、古河に逃れて古河公方となった人物。

 しかし「村雨」は事前にすりかえられて窮地に陥り、捕り方、八犬士・犬飼現八信道(げんぱちのぶみち、信の玉)と天守閣で戦うのが有名な「芳流閣(ほうりゅうかく)の戦い」。多くの錦絵にも描かれています。

 尚「村雨(むらさめ)」は、家康が命を狙われ、徳川将軍家代々に害をなす刀として名高い妖刀「村正(むらまさ)」を意識した銘名。「村正」ではあからさまなので「村雨」ともじっていますが、この刀を掲げることで、この話が徳川家打倒を示すことを匂わしています。

 古河公方は鎌倉公方であり、関東を治める将軍で、徳川も関東将軍であることから、暗に鎌倉将軍を徳川将軍になぞらえています。ですから、もとより「村雨」が古河公方に献上されるはずがありません。

 「芳流閣」で戦った信乃と現八は共に舟上に落ち、古利根川を下って館山の古那(那古〔なこ〕のこと)に流れつきます。行基が開山した那古寺は里見氏の帰依により隆盛し、里見義通が梵鐘を再鋳したと伝えられる里見ゆかりの寺。ここで二人は犬田小文吾悌順(こぶんごやすより・悌の玉)と出会い、不思議な縁で小文吾の妹・沼藺の幼子・犬江親兵衛仁(しんべえまさし・仁の玉)と出会います。沼藺(ぬい)とは犬を逆さにした言葉。

 幕府側が伊豆に堀越公方を送り込んだため、古利根川を挟んで関東の東は古河公方支配、西は堀越公方と上杉氏の支配となります。

 八犬士はいろいろな危難に会いますが、そのほとんどは旧利根川の西側か北側にいるとき。旧利根川の東側に入ると無事なのは、東が古河公方支配下の地だからなのです。